「防災白書」変更箇所が見つかった✍🏻あまり知られていない話

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防災白書を読んで、違和感を覚えた話(備忘録)

皆さんこんにちは。私は名ばかり防災士ですが、今日は日曜日。やんわりとお話します。


最近、防災白書について調べていたところ、
昔と今を比べて内容が大きく変わっていることに気づきました。

これは誰かに何かを訴えたい記事ではなく、
あくまで自分用の備忘録です。

防災白書とは

防災白書は、内閣府が毎年公表している、日本の災害対策の「公式な方向性」を示す文書です。

法律そのものではありませんが、

👉 今後の政策・補助金・行政指導の前提になる考え方

が書かれています。

結論から言うと、
「危険な場所に住まない(=居住の回避・移転)」という考え方が、より前面に出てきた
という印象を受けました。

あまり知られていない文書ですが、
表現が以前よりも直接的で、踏み込んだものになっているように感じます。

① 従来の防災白書(〜数年前まで)

基本スタンス
• 災害は防ぐもの
• 危険な場所でも
• 堤防を高くする
• ハザードマップで注意喚起
• 逃げればOK(避難前提)

典型的な表現
• 「適切な避難行動を取ることが重要」
• 「地域防災力の向上」
• 「ハード・ソフト両面での対策」

前提

人はそこに住み続ける

これが、長らく共有されてきた前提だったと思います。

② 最近の防災白書(ここ1〜2年で明確化)

ここで、はっきりとした変化を感じました。

大きな転換点

👉 「住み方そのものを変えなければならない」

新しく強調されている点
• 災害リスクの高い区域への居住回避
• 危険区域からの移転・立地適正化
• 事前防災(起きる前に被害を減らす)

ここから読み取れる実質的なメッセージは、

「逃げればいい、ではもう守れない」
「最初から住まない場所がある」

という方向性です。

表現自体は丁寧ですが、
含意としてはかなり強いと感じました。
(ここでは書きませんが、スマートなシティな構想などさらに深読みもできそうです)

③ 「住まないでください」という表現について

防災白書の原文では、
• ❌「住むな」と命令しているわけではありません
• ⭕ しかし内容としては
「居住を前提としない」「回避すべき」
という方向に明確に舵を切っているように読めます

これは実務的には、
• ハザード区域での新規開発が通りにくくなる
• 補助金・支援の対象から外れやすくなる
• 将来的に
• 自己責任の色合いが強まる
• 「なぜそこに住んだのか」が問われやすくなる

といった流れにつながっていく可能性があります。

④ なぜ今、こう変わったのか

背景は、かなり現実的です。

① 災害が「例外」ではなくなった
• 毎年のように起きる
• 水害
• 土砂災害
• 地震
• 「想定外」が通用しにくくなった

② 国・自治体が守りきれない
• すべての危険地帯に
• 堤防
• 擁壁
• インフラ
を整備するのは、財政的に現実的ではありません。

③ 人口減少社会
• 人が減る
→ 結果として、危険度や維持コストの高い場所から順に整理されやすくなる

⑤ これが意味する「本当の変化」

これは防災の話であると同時に、

どこに住む人を、どこまで守るのか

という線引きの話にも見えます。
• 都市部・高台・比較的安全な区域
→ 引き続き維持・保全されやすい
• リスクの高い区域
→ 「理解した上で住んでください」

そんな静かな社会契約の変化が進んでいるように感じました。

⑥ スプーキーズの立場について

これまで私が大事にしてきたのは、
• 小さな共同体
• 地方のシェアハウス
• 自立・分散・顔の見える関係

AI的に整理すると
「国の防災思想が向かっている方向と重なる」と言われがちですが、
私は必ずしもそうは思っていません。

巨大インフラへの依存ではなく、
小規模で分散した形を選んできましたが、
それもまた今後は再考を迫られる可能性があると感じています。

「危険な場所に住まない」という考え方自体は、
今回突然出てきたものではありません。

ただし、
その考え方が全国レベルに広がり、
最新の防災白書では政策の中心に近づいてきた。

私には、
これは単なる防災論にとどまらず、
結果として居住の可否が整理されていく過程の言語化のようにも見えました。

しかもそれを、
怒鳴らず
脅さず
法律でも命令でもなく

防災白書という、理性的で善意に見える言葉で表現していること。

そこに、強い違和感を覚えています。

私が引っかかっているのは

「危険な場所に住まないでください」という一文そのものではありません。
• 守れないことを前提にした構造
• 守られない人が、合理性の名のもとに切り離されていく可能性
• それが、すでに前提として共有され始めていること

ここに、静かな寒さを感じています。

感情としては、たぶん二つ

ひとつは、

よもやよもや……(鬼滅の刃風)

もうひとつは、

「善意の言葉で包まれている」ことへの違和感

恐怖を煽らず
強制もしない
でも、選択肢が静かに減っていく。

このやり方そのものに、
私は引っかかっています。

そして、最後に残る問い

「じゃあ、残る場所はどこなのか?」

国でも
制度でも
白書でもない

全ての都道府県において、

人が人として生きられる場所を、誰が用意するのか。

だから私は、
• 小さな共同体
• 顔が見える関係
• 自分で守れる範囲
• 中央に過度に依存しない構造

大き過ぎず小さ過ぎず、1人では寂しいから、

そこに向かって動いてきました。

だからといって怖がっているわけでも、
思想的な理由でもありません。

「自由な生き方として」
変更を迫られている状況を、ただ観察して動いているだけです。

一言で言うと

予測が当たったというよりも、

「それが現実として確定し始めたように見えた」

ただ、それを静かに見ていただけなのかもしれません。

追記|スプーキーズという場所について

ここまで書いておいて、
「じゃあ自分はどうしているのか?」
という話を、少しだけ。

私が運営している シェアハウスSPOOKYS は、
もともと防災や思想を目的に始めた場所ではありません。自分ならこんな賃貸があれば借りてみたいをイメージして始まりましま。
• 旅人が集まるシェアハウス
• 単身で地方に来た人が孤立しない
• 顔の見える距離で自由に暮らせる

ただ、快適で楽しさをテーマにした生活の場でした。

けれど、大災難を体験し防災白書を読み直してみた。
社会の前提が少しずつ変わっていくのを見ていると、
結果的にここが
• 大きな仕組みに強く依存しすぎない
• 何かあっても即座に判断できる
• 人数も距離感も、把握できる

自然とそんな形になっていたことに、後から気づきました。

だからといって、
「切られにくい場所を作ろう」と思っているわけではありません。

むしろ私は、

切られる・切られないという軸から降りたい

自分の場合はそう思っています。

制度がどう動くかとは別に、
仮に支援が届かなくても、
仮に見捨てられたとしても、
それでも生活として成立する場所。

スプーキーズは、
そういう方向に静かに寄っていっているだけです。

防災的な能力者を集めているわけでも、
表向きな仲間を増やそうとしているわけでもありません。

ただ、
同じ違和感を持ち、
同じ温度感で暮らせる人が、
たまたま繋がっていけばいい

防災ばかり考えてるから、ここまで来ると、
合理的というより、少し変態的かもしれません(笑)。

でも私は、
それでいいと思っています。

※この追記は
「結論」でも
「答え」でもありません。

あくまで、
今の立ち位置のメモです。

おそらくこれからも変化していくと思う。

避難所での避難生活は無理ゲー⁉︎

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