多神教の国・日本は、これからどこへ向かうのか──移民と宗教動員の時代に考えておくべきこと──**
日本は古くから「八百万(やおよろず)の神々」に象徴されるように、
世界でも珍しい“多神教文化”を持つ国です。
山も川も家の中にも神が宿り、
祈りは押しつけられるものではなく、
静かに生活に溶けていた。
この文化の“柔らかさ”と“曖昧さ”が、
長い間、日本の平和を支えてきました。
しかし、今はその前提が揺らぎ始めていると感じる人も増えています。
■ 一人暮らしが急増する日本
そして「群れ」で動く移民の増加
今の日本は、歴史上もっとも “単体で生きる日本人” が増えた時代です。
働き方の変化、都市部の生活、家族構造の変化──
理由はいくつも挙げられます。
でも、構造としてはシンプルです。
日本人が“群れ”を失いつつある。
一方で、今や地方でも明らかに増えているのは“群れで動く外国人”。
背景にあるのは労働力不足ですが、
来日した人たちの文化背景には必ず次の特徴がある。
● 帰属するコミュニティの強さ
● 団結が“宗教”または“国家”とセットになっている
● 行動規範が共通している
これが日本の“個”の生活と、
もっとも反対側にある性質です。
■「宗教動員」と「国家動員」は表向き違っても、機能は似ている
これは100層の内容を薄めずに説明する部分。
実際に世界には、
法律によって国民を一斉に動かすシステム 宗教の教義によって群れで行動するシステム
が“当たり前”に存在している。
誰が悪いとかではなく、
世界はそのように作動しているという話。
そして、その文化構造と日本の多神教は相性が悪い。
柔らかい文化は、強固な指示体系の前では脆くなる。
■ なぜ多神教の日本は衝突しやすいのか?
理由はシンプル。
**多神教は「共存」を前提としている。
一神教は「唯一」を前提としている。**
どちらが良い悪いではなく、
この世界観の差は大きい。
多神教: 「違う文化が来ても、まあ共存できるよね」 一神教(または国家絶対型の動員構造): 「世界観が違えば合わない。優先すべきものはひとつ」
日本は前者ゆえに、
外からの強い規律に対して最も脆弱な国でもある。
これは偏見ではなく、
歴史上ずっとそうだった。
■ 今、日本に必要なのは「日本人村」という防御構造
大きな国家単位ではなく、
もっと小さくていい。
家族 村 コミュニティ 価値観の近い集まり 実際に顔を合わせられる場所 “やさしい群れ”
その一つのモデルが、
私が運営している「スプーキーズ」のような場所だと思っている。
意識高いコミュニティでもない。
宗教的でもない。
ただ、静かで、やさしくて、
価値観の近い人が集まる“日本型の群れ”。
外の世界がどれだけ変化しても、
ここだけは日本の温度でいられる。
そんな場所が、これからは必要になる。
■ 一人暮らしは、今や「最弱の形態」になり始めている
誰が悪いとかではなく、
ただ構造としてそうなっている。
孤立化 無関心の加速 監視されない生活 助け合いの欠如 夜間のリスク増大 外からきた“群れ”に対して個で立ち向かう難しさ
これが地方でも普通になりつつある。
■ 結論
これからの日本は、多神教の“やわらかい共同体”を再構築するしかない。
政治でも、法律でもなく、
“生活の単位”で作るしかない。
スプーキーズのような、
人と人が小さく繋がる日本人村。
これが、これからの時代に必要な結界になる。
孤立した日本人は弱い。
群れた日本人は強い。
これは昔からの真理。
そして、多神教の国・日本が守られる道は、
実はずっとシンプルだったのかもしれない。
